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「考えない、感じることについて」 ~大切な人がうつ病になったら~⑤



◆⑤:函館の土地がそうさせた◆




メムさん

暑っつい……



――晴れたら晴れたで、暑いって文句いっちゃいますよね。(笑)



メムさん

そんなもんですよー。



――坂を登って、教会を2つも巡って。けっこう疲れましたね。



メムさん

そろそろお昼ごはんの時間ですね。



――はい、お腹がすきました。



メムさん

茶房 菊泉>さんとこへ向かいましょっか。くじら汁、まだ残ってるかなぁ。


撮影協力:茶房 菊泉



――ここは……アニメ<ラブライブ!サンシャイン!!>の聖地なんですね。



夫さん

へぇ……『スペシャルライブのステージとして、

八幡坂(菊泉さんの店舗からすぐ近くにあるビュースポット)が使われた』って

新聞記事がある。



――アニメに登場する女の子キャラの実家、という設定でこのお店が使われたそうですね。好きな女の子の家に遊びに来たような気分になれて、いいですね。



メムさん

菊泉さんのオススメは、なんと言っても、くじら汁です。

函館では、お正月にくじら汁を食べる文化があるんですけど、

ここではお正月以外でも食べれるんです。



――メムさんからお話を聞かせていただいてから1ヶ月、それを食べたくて、食べたくて……



メムさん

北海道風の赤飯もついてくるんです。甘納豆が入ってます。



――甘納豆。



夫さん

甘いんです。


メムさん

おいしいですよ〜。



――ついに、味わえる時がきました。それでは、いただきます。……うん。シンプルな塩味ですが、すごく旨味が強いですね。くじらはキシキシとした独特の食感で、野性味も感じます。すごく美味しいです。



メムさん

ここのくじらは、大きく切ってくれてるから好きなんです。

自分で作ると、高いからケチってしまうんで。(笑)



――お赤飯の方は……ああ、ほどよい甘さですね。本州のお赤飯より、私はこっちの方が

好きです。日本中のお赤飯がこれになればいいのに、ってくらい美味しいです。

甘いので、こっちの方が子供も喜ぶ気がします。



 


――ごちそうさまでした。なんだか、すごく満ち足りた気持ちです。



メムさん

まだまだ。今日はこのあと<ラッピ>も行きますから。



――<ラッピ>って、ラッキーピエロっていうハンバーガー屋さんですよね?

すごく楽しみですが、すでにかなり満腹なので、入るといいのですが(笑)

……その前に、お話の続きを。お二人は、いつごろお知り合いになったんでしょうか?






メムさん

ある漫画作品の、メーリングリスト(※特定の話題に関心を持つ人達や、知人などの間で

電子メールを配信し合えるコミュニケーションツール)で知り合いました。

だから最初はずっと、お互いをハンドルネームで呼び合ってました。

旦那のことは年上だから「お兄ちゃん」って呼んでましたね。



――初めて実際に会ったのはいつごろですか?



メムさん

もう十数年も前のことですけど……

函館で、オフ会で他の友達も交えて遊んだ時、ですね。


夫さん

うん、そうだね。

こっちに移住を考えるまで、直接あったのはその1回だけで。



――直接会うことはほぼなかったけれど、メールを通じて日々会話する関係だった、と。……事前取材でおうかがいしましたが、函館に移住されるまで、夫さんはずっと関東地方で暮らしていたんですよね?



夫さん

そうですね。学校を出たと同時に実家を出て、いろいろ転々としながら働いてましたね。

そんな頃に、徐々に体調を崩すようになって、それを妻――

当時は友達でしたけども、メールで相談することもありました。そしたら、

『なんだか様子がおかしいから、電話番号教えて。』って言われて初めて通話したら、

『それは絶対にうつ病だから病院に行け』と言われて……



――メムさんがきっかけで、うつ治療に取り組まれるようになったんですね。



メムさん

自分が当事者だから、うつには詳しかったので。

一人暮らしだって聞いてたんで、わかってあげられる人が周りにいなかったのかなって。


夫さん

そうして治療しながら働いて、一度は寛解したんです。

で、その後にフリーターではあるけれども、いい職場が見つかって。

ずいぶん長く勤めさせてもらえたりとかもあって。


そんな頃に、お付き合いさせていただいていた方がいて。

将来のことも考えて、結婚を視野に入れてということで、一軒家を買ったんです。



――なんと、一軒家を。……<フリーター、家を買う。>……



夫さん

まぁ、そうですね。(笑)


メムさん

家を買ったからって、結婚できるかは別ですよね……(笑)

中古とは言え、一括で買ったんですよ、それを。

いまだに私、その家に一度も行ったことがないんですけどね。


夫さん

まぁ、それで結局、最終的にそのとき付き合っていた女性とは……


メムさん

ちょっとタイプが合わなかったんだよね。


夫さん

いろいろタイミングも悪かったんだよね。

周辺でバタバタして、連絡を取り合わなくなって。



――せっかく一軒家を購入して、仕事も私生活も充実しそうな矢先に……結局、おひとりでその家に住むようになったんですよね?



夫さん

ええ。3LDKの二階建てだったんですけどね。



――ひとりで暮らすには、ちょっと広すぎますね……それから、再び体調を崩し始めて

しまうんですよね?



夫さん

ええ。『職場からも通いやすい、近いところに家を買えたし』と思って、

逆にちょっと、仕事で無理をしすぎたのか……


メムさん

あの時、いろいろ歯車が噛み合わなくなってきてたよね。


夫さん

うん。どんどん調子が悪くなってきて……これおかしいな、と。

で、また病院にいきなおすようになって。それからとうとう

完全にあかん、ということになり、過労で休職させてもらうことになって。

どうしようもない……って頃に、今の妻にまたいろいろと相談をするようになって。


メムさん

その頃は、私が

『別れた彼女さんにも、こういう悪いとこがあったんじゃない?』とか言うと、

『そういうふうに言うな! 俺に悪いとこがあったんだ!』って怒ってましたね。



――引きずってますね……(笑)



夫さん

覚えてねぇ……(笑)


メムさん

もともと優しい人だから。相手でなく自分を責めるんですよ。

だから相談してても、どんどんどんどん調子が悪くなって。


それでいよいよ『誰も自分のこと認めてくれねぇ、俺はひとりぼっちだ!』

って言い出したから、環境を変えるのが一番いいと思ったんですよ。だから、

『だったら私が認めるから、こっちへ来い!』って言いました。



――函館に移住しろ、と。(笑)



メムさん

そのころ私、働いてなかったのによく言ったなと思いますよ。(笑)親元にいたんですよ。



――おぉ……



メムさん

それから2、3回くらいかな。函館に来ては、住むところを探すようになってね。

私の方でも情報収集して『こんな仕事あったよ』とか電話してあげたりして。


夫さん

持ち家は人に貸すようにして。本格的に移住に向けていろいろと動き出したね。



――あの、ちょっといいですか?



夫さん

はい。



――うつの時って、活動するのが辛いことが多いと思うんです。外出するどころか、

布団から出ることさえ辛い、という。引っ越し……というか、移住するのは精神的に

とてつもなく負荷がかかったと思うんですが、体調面は大丈夫だったんでしょうか?



夫さん

まぁ……



――……



夫さん

……まぁ……



――……あの……気候の違いとか、大丈夫だったんですか?



夫さん

最初は大変だった……

来た時が11月でいきなり冬の洗礼を受けたので、それさえ耐え切ったら、と……(笑)



――いちばん過酷な時期に移り住んだんですね……



メムさん

冬さえ過ぎれば、夏は『涼しい、涼しい』って言ってればいいもんね。(笑)

でも、冬の道の歩き方は苦労したよね。滑らないように……


夫さん

それはすごい苦労した。よく転んで帰ってきたね。



――なるほど……なんというか……ものすごく大胆といいますか……



夫さん

はい。(笑)



――人生を賭けた、<大恋愛>、とでも言いますか。



夫さん

この話をすると、よくそう言われるけど……(笑)


メムさん

私は、友達の延長線上みたいな感じだったから……


夫さん

まぁ……



――な、なるほど……友達として移住を手伝っているうちに、次第に距離が近くなっていき、ついに結婚に至った……いや、大恋愛だと思います。<函館の土地がそうさせた>とかのタイトルで、妻夫木聡と石原さとみ主演で、ドラマ化してもいいくらいの。(笑)



メムさん

ああ、たしかに<函館の街がそうさせた>っていうのは、なんかわかります。


さっき、いっしょに街を歩いてもらってて感じてもらえたかと思うんですけど、

宗教でもなんでも、ごったまぜな街なんですよ。なんでも許しちゃうみたいな

雰囲気あるんで、なんかわりと受け入れてくれる、みたいな。



――確かにこの街には、よそ者をうとましがるとか、排他的な空気が全くないように感じます。和洋折衷というか、古さも新しさも平気でごったまぜ、というか。



メムさん

宗派の違う宗教施設が1箇所に固まって建てられてたでしょ。あれはすごい珍しいらしくて。



――昔の函館の人たちも『ごったまぜでも、いいじゃん』って感じだったんでしょうか?



メムさん

函館はわりと古くから開港している土地なんでねえ。



――多様性を受け入れる風土があるんですね。



メムさん

ほどよく田舎で、ほどよく都会なんです。何かが手に入らないで困る、

っていうことはないけど、都会って言うほどせせこましくもない、という。



――夫さんも、そういったおおらかな函館の雰囲気に強い魅力を感じたからこそ、うつ病を抱えながら移住という大仕事をやり抜けた、という感じでしょうか……?



夫さん

まぁ……僕の場合は、函館に住んでみたいって言うか、

『来ないとダメでしょう』と、思ってました。



――……と、いいますと……?



夫さん

彼女と一緒になるためには、行くしかない、と。



――あ。……え? じゃあ、移住を決意したのは、もうすでにメムさんに、はっきりとした好意があったから、ということでしょうか?



夫さん

そういうことですね。



――あ、そうだったんですね! そういう原動力があったから、うつ病でも移住を

決行できたってことですか。……って、完全なる大恋愛じゃないですか!



夫さん

まぁ……(笑)


メムさん

当時、私は鈍くて気づいていなくて。(笑)

告白されるまで気づかなかった。『あれ、そなの!?』みたいな。(笑)


夫さん

そだったね!(笑)

やんわりやんわり、アプローチはしてたんだけどね。

妻が、前の彼氏と別れた後に、とか……


メムさん

私が前つきあってくれた人と別れた時に、ものすごい慰めてくれたんですけど。(笑)

その時は私が逆に『こっちのことに踏み込まないで!』みたいなこと言っちゃって。


夫さん

お互い、似たようなことやってるね……(笑)



――なるほど……やっぱり、夫さんは<生きるための希望>があったから、うつ病を

抱えながらでも、移住をやり遂げられたわけですね。……やっと納得できた気がします。



メムさん

そろそろ、次の場所へ行きましょっか。

元町公園や旧イギリス領事館、旧函館区公会堂も行きたいんです。

いまならバラも咲いてて、きっとすごく綺麗ですよー。



――はい、メムさんの行きたい場所なら、どこへでも。



 

その⑥へ、つづきます。


 

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