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「考えない、感じることについて」 ~大切な人がうつ病になったら~⑪



◆⑪:考えない、感じることについて◆



――今回の取材のテーマを「考えない、感じることについて」にしようと思ったのは、

メムさんと初めてお話をさせていただいた時に、自分の核心を突かれるようなことを

ズバズバ言い当てられて。(笑)



夫さん

あぁ……あるよね(笑)



――はい。(笑)その時に『なんて感じ取る力が強い人なんだ』とすごく驚いて。それから夫さんとのお話を聞かせていただくうちに、うつ病について考えを深めるためには、函館へ行かねばならない、と思ったんです。

本当に今日は、理屈ではなく、体感としてメムさんの力について、納得できました。


メムさんはご自身の個性と向き合い、なんとか自分を律しながら、夫さんとなる人と出会い、ともに支え合い、日常を大切にしながら夫婦生活を函館で続けられている。


……ただ、みんながみんな、そんな幸せな巡り合わせがやってくるわけではありません。世間には、もっと過酷な環境で、誰にも頼れず、自分を見失ってしまっている人がたくさんいる。



そこでどうか、お二人に一緒に考えていただきたいのです。<自分やパートナーが危機の時に、世間の価値観に惑わされず、自分やパートナーをきちんと大切にする>ためには、どうすればいいのでしょうか?




メムさん

そうですね。どこの時間でもいいので、

頭を空っぽにする、考えない時間を持つのがいいかな?

もう無理なら寝ちゃおうっていう気楽さの方が、楽ですね。


頭を空っぽにできないんであれば、動けない前兆だと思ったほうがいい。

無理して動いて倒れても、誰も助けてくれないじゃないですか。



――ただ、うつの人は起き上がって、仕事を始めちゃうんですよね。つらい、きつい、って言いながら、朝になったら起き上がって、その辺を掃除し始めたり。



メムさん

ある意味それって、自分を大事にしてないんですよね。



――はい。そういう人の行動が、痛々しく見えるときがあります。それは誰のためにやっているんだろう、と。……メムさんはご自身もうつ当事者ですが、体調がすぐれない時はどのように過ごすのですか?


撮影協力:茶房 旧茶屋亭



メムさん

辛い時は、外に出る気力がないのでひたすら寝てます。

その代わり、風が吹いてきたなとか、こういうにおいがするなとか、

できるかぎり感じ取るようにしていますね。それができなくなると

アウトだと思ってるんで。だから、それがある意味バロメーターっていうか。


うちの家は、建物が目の前にあるので風が入ってきにくいんですけど、

今日は割と入ってきてて、珍しいね、とか。なんだか蒸し暑い気がするから雨降るね、

ちょっと暑さが和らいできたら、日が陰ってきたね、とか。感覚で時間を感じたり。



――自分も物書きのはしくれとして、それくらい感じとれなくては、と思います。ただ、

鋭敏な感受性を持つことは素晴らしいですが、毎日感動していたら会社に遅刻してしまい

そうですし、難しいことです。



夫さん

まぁ、それはあるけどねぇ。(笑)


メムさん

そういえば私、よく独り言言うんですよ。

『いまこう思っててね……』とか、『いまこうで、ここが辛くてね……』

って、ひとりでずっと話してて。そういうふうに口に出しているうちに、

自分の本心に気づくんですよね。実はこう思ってたって自然に気づけて、

ああ、そう思ってたんならこういう風にすればいいやって、納得していくんです。



――自分と対話しているような感じでしょうか。



メムさん

相手がいると仮定して……観葉植物や、お花を活けていたら、それに話しかけるとか。

もうえんえん愚痴でもなんでもいいので、『私こういうことがあって、腹が立って、

許せなくてね……』とか、気が済むまで、ずっと独り言を言い続ける。



――確かに、自分のことを感じ取れなくなっている人は、そうやって自分のことを話す訓練をするのがいいかもしれません。反論してこない相手なら、安心して話せるかもしれない。



メムさん

話すことで自分の耳にも入ってくるので、

理解しやすいんですよね、ぐるぐる考えてるよりは。

それに、言葉が返せないものに話すと、逆に自分の心理が見えますよ。



――心が弱っている人は <自分の安全が確保されている場> がないように思います。



メムさん

自分が自分で居られる時間を必ず持つようにしないと。

<どこにも属さない自分を持つ>というか。


――この記事を読んでくれた人にも、一回でいいから試してもらいたいですね。自分のことをどれくらい話せるのか。ペットでもいいし、壁にでもいいから、自分の好きなものや自分の感覚について話してみてほしいです。反論してこない対象にさえ本音が言えなくなって

いるなら、それは自分を見失っている、危険な状態だと思います。



メムさん

私、誰かと喧嘩した時はお風呂に入りながら、ずっと空中に向かって話をしてます。

『私、こういう風に思ってるけど、あの子のこと嫌いじゃないし、別れたくないし……』

ってやってるうちに、『あぁ、納得した』ってなることがあるんですよ。(笑)

お風呂は悪いものを流す場所なので、愚痴とかもすべて

湯船のお湯と一緒に流す、ってことで。



――メムさんはそうやって自分が安心できる、本音で話せる場所を確保しているのですね。



メムさん

私はいろんなことを全て感じ取ってしまって、喜怒哀楽が激しいので。

そうやって引きずらないように気をつけてます。

最近は、何かあっても一週間以内には治まるようになってきたかな?


夫さん

そうか?


メムさん

わりと。



――(笑)あとは、もしパートナーが「仕事を辞めたいんだけど……」と相談してくれた

時に何と言うか――



メムさん

『辞めれば。』ですよね。



――メムさんは即答できますが(笑)、私はまだ修行が足りない気もします。

『ごめんなさい、仕事を辞めたいんだけど……』と言われた時に『謝らないで。仕事なんかより、あなたの健康が大事だよ』と言えるか、自問自答するといいかもしれません。

言えないなら、危機のパートナーをより追い詰める可能性がある。



メムさん

サポートする側が元気なら働いてサポートする選択肢でもいいし、

それができなければ公的機関を頼るとか……別に生活保護だって

恥ずかしいことじゃないし、って私は思うんです。ある程度は制約を受けるだろうけど、

最低限の保障は受けれるので、生活を立て直すまでのつなぎとしてはいいんじゃない?

って。



――これを読んでくださった方に、世間の目ではなく、なによりもまずパートナーの健康を大切にする選択をしてほしいと、願ってやみません。……あとは、パートナーをきちんと

感じ取れているかを試すとかもいいかもしれません。抱きしめてみたり。



メムさん

あ、それよくやります。ハグするとか、背中さするとか、においをかいでみたり。



――浮気してたら、すぐ気づけますね。



夫さん

たしかに……!(笑)


メムさん

背中さするのはストレス低減させるので、それはしょっちゅうやりますね。

声のトーンとか、視線の持っていき方とか、髪切ってきた?

とか。服や帽子にしても、こっちがいいんじゃない? とかね。



――大事な人を観察して、変化に気づく。とてもシンプルですが、大事なことですね。



メムさん

とはいえ、自分の感情を把握するのが、一番最初ですけどね。



――確かに、自分の感情が乱れていたら、他人を正しく観察できるはずがありません。

せっかくお茶を淹れてくれた相手に『後ろめたいことがあるから、気を利かせたふりをしてるんだろう!』など邪推してしまう、とか。



メムさん

体調が悪い時は、相手に関われるようになるまで、待ってもらう。

旦那ともお互いに、『できないことはできないって言う』ようにしてます。



――まずは自分を感じ取って、正常な状態かを確認する。そうでなければきちんと伝えて、ふさわしい時まで待ってもらう。なるほど……



メムさん

あとは、必ず『ありがとう』とかは言い合うようにはしてるね。


夫さん

うん。


メムさん

『これお願いできる?』って頼んで、やってもらったら、『ありがとう』。

ごはん食べる時も必ず一緒にする、とか。だから朝ごはんと夜は一緒だね。


それから、五感を鍛えるには料理をするのもいいですよ。野菜を切る時の手の感覚、

食材を焼く音や色、におい、味見したり、五感をフルに使います。


私が体調崩すことが多いんで、旦那は料理も結構してくれるんですけど、

『今日こういうのがいい』っていうと『じゃあ、こういうふうにしてみようか?』とか

提案してくれたり。ちょっと違ったらこんどは私から提案してみたり。

そうやって、日常のあたりまえを、あたりまえにしない、という。



――<日常のあたりまえを、あたりまえにしない>。なるほど……他に、お二人で一緒の

趣味などはありますか?



メムさん

趣味ではないですが、そういえば最近はふたりで終活(死と向き合い、最後まで自分らしい人生を送るための準備)をしてますね。



――そのご年齢で、終活を?



メムさん

ええ。どっちかがいなくなったときに、

相手が困らないようにしてる。エンディングノートとか書いたりとか。


終活してる、っていうと、周りからは『まだ早いでしょ!』とか言われるんですけど、

その時なんて、いつ来るかわかんないじゃないですか。

だから、遅いことはあっても早いことはない、って思ってて。

だから夫婦で終活セミナーに行って話を聞いて、いろいろ教えてもらって、とか。



――なるほど……確かに、死について悩むことはみんなが<先送りしている課題>なんだとも思います。メムさんは、本質をぶらさない人だから、それに意識的に取り組まれているのかもしれません。



メムさん

なかなか、周囲には伝わらないですけどね。

たぶん外では評価されないだろうなって、わかってます。

理解されないのもわかってんですよ。だからなじめないんですよ。(笑)



――今日お話を聞かせていただいて僕は、お金を稼いだり、社会的な地位を築いたりする

だけではなくて、生きることを誠実にやり抜くことは、ある意味においては世の中に必要な<仕事>だと思ったんです。お二人は、ご自身の外側に向かってではなく、ご自身の内側に向かって<仕事>をされている方だと感じました。


お二人が挑んでおられる<仕事>は社会にとっては評価しづらいこともあると思うんです。でも、例えばお二人が死について悩み、それによって得た答えを周囲に伝えることは、

すごく社会にとって価値のあることをしていると思います。


私は、<自分の外に向かって行う仕事>も、<自分の内側に向かって行う仕事>も

どっちも同じくらい大切だと思います。



メムさん

それを並行するのがいちばん理想なんですけど。

自分が働けないから、どっちみち社会に出れない。

何をする? ってなったら、それしかないと思うんですよね。



――メムさんは、宗教性ということをとても大切にして生きてこられたんだ感じます。

特定の宗教を持つことがあらゆる人にとって正解だとは思いませんが、自分にとっての

宗教性をどう持つか、なぜ生きているのかを感じ、考え抜く事はすごく大切だと思います。


現代は、そういった宗教性にアクセスしづらい時代だと思うんです。

オウム真理教のような、危険な宗教にアクセスしてしまう可能性もある。


『宗教性なんて大変なことについて考えていたら、受験に失敗してしまう、年収が上がらない、そんなことに何の価値もない』と考えてしまう……でも、なぜ生きるかが不明瞭なまま生きているのは、実は非常に危ういことでもあると思うんです。




メムさん

宗教性というと、特定の宗派や教えを想像してしまうような印象があるので、

自分の感覚とちょっとズレるかも。アニミズムに近いというか。

私はどこの宗教にも属さない立場でいます。


ちょっと話が変わるかもしれないんですけど、

私、ばあちゃんから『将来、大変なことが起きるよって』ずっと言い聞かされてたんです。



――大変なこと、ですか?



メムさん

『隠してることがすべて明るみに出る、嘘が全部ばれる、

そういう大変な世の中が来るから、心していなさい』って。



――隠していることがすべて、明るみに出る世界……



メムさん

ばあちゃんのその言葉が自分の中に強く残ってて……

だから、災害が来た時の備蓄とかもしなくちゃ、って思うし。

小学生の時からそんなことずっと言い聞かされていたら、危機感も持ちますよね。(笑)



――確かに……なんとなく、わかるような気がするんです。お金や地位がどれだけあっても虚しくて、何が真実なのか、自分とはなんなのかが非常に見出しづらい時代に私たちは生きている。でも、だからこそ、<その一番の難しさをごまかして、借り物の物語を生きていてはいけないんだ>とも思います。ごまかしていても、それはいつか必ず、明るみに出てしまう。


……今日は、いろんなことを感じ、考えた1日になりました。本当に、ありがとうございました。



メムさん&夫さん

いえいえ、ありがとうございました。


メムさん

やっぱ、話すとお腹すきますね。そろそろ<ラッピ>、行きましょっか。




――はい、行きましょう!



 

「⑫:取材を終えて」へ、つづきます。


 


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