【特集取材】うつサポートは「搾取」か、「献身」か? ⑦

最終更新: 2018年7月10日

◆⑦:一番大事なものやから。◆



夫さん

向こうで、うつがひどくなって、ちょっとこれはまずいと思い、

日本にいる上司に「もう無理!  日本国内の勤務にしてよ! お願い!」

ってメールを送った。


当時アメリカ大陸は冬やったんですけど、マイナス5度くらいの地域から、

プラス25度くらいの地域へ、飛行機で2時間くらいで移動した時に、

体調がいきなりどんと落ちて。ご飯食べようとしたら、

パニック発作がぼんぼんぼんとでて、過呼吸ですね。


次の日、「ごめん、呼吸困難で、仕事に出れへん」と、

ストレス障害のことも説明して。そしたら会社から、帰国するか、

と言われて、緊急帰国したのが、このへんですね。



――30あった幸せ度が、再びガクッと下がってしまっています。



夫さん

ここはね、自殺願望のかたまりとして生きてますよ。

それで、すぐ入院して……当時のメールが残ってるんですけどね。






身体面

・動悸

・軽いめまい

・頭の中がぼーっとする(白い霧が掛かったみたい)

・軽い吐き気のようなもの

・肩から背中にかけてのコリ

・下痢(出勤直前のみ)

・多分、周りから見て動作が遅い

・話が聞き取りにくい時がある。(音は聞こえているが理解できない)

・呼吸困難(3/2夜ワイパックス*2服用で収まる、3/3朝発生通常の薬で収まる)

注:3/2 , 3/3は発症した日付


精神面

・憂鬱(特に朝、夜もあり、休みの日、だが、仕事中はあまり感じない)

・文章や図面の理解に時間がかかる。

・何かものを置いても置いた場所を忘れることがある

・業務上の優先順位(判断)が付けられない(つけても正しくないことが多い)


その他

・好きな人以外との接触(会話)が苦痛である。話すことも、無言でいることも疲れる。

・多くの人がいるとストレスを感じる。レストラン、ショッピングモール等

・上記のストレスを感じている自分を、どうにかしたくてもどうにもならずストレスに感じる。

・出張業務が続くことを考えると気分が悪くなる

・自殺願望はないが、生きていること自体はつらい、消えたいと思うことがある。

・KYと言われる。何故か自分には理解できず、考えてやってもまだKYと言われる(文化とかの関係かもしれない





――厚生労働省の「うつについての解説」からコピペしてきたかのような、典型的なうつ症状です……



妻さん

私へのメールも、「死ぬ、死ぬ」って。

それで私が慌てて、病院をピックアップして。



夫さん

その時、なぜか不思議なことに、

「もし病院行って、病名つかなかったらどうしよう」という、

わけのわからんことを考えてましたね。「別にうつじゃないですよ」って。

そっちの方が不安で。



――それが夫さんのパーソナリティですよ、治らないですよ、と言われたらどうしよう、ということでしょうか?



夫さん

「あなたの気のせいですよ」と言われたらどうしようと。

自分で自分をそう思ってた節があるんかな。うつの怖さ知らんかった……

いまだによくわからないんやけど、とりあえず、病名がつかなかったら

どうしよう、という、よくわからない不安はありました。



――病名がつかなかったら、自分の中でどう受け入ればいいのか、

という感じでしょうか……これまで行った病院ではずっと、うつと診断されず、

止めてもらえなかったことも原因かもしれませんね。



夫さん

僕としては、どうしたらいいのこれ、って。こんだけ会社をぐしゃぐしゃにして。

僕のスケジュール、だーっと入ってるのにここ、誰が埋めんの、って。

そんなこと、本当はどうだっていいんですよ。

だけど、そういうことしか気にならない。



――2014年は、とうとう幸せ度が5まで下がってしまいます。病院に行って、妻さんと相談しつつ、入院することになった頃ですね。



夫さん

そこにも段階がありましてですね。

最初まぁ3ヶ月入院して退院したけど、まだ調子悪くって。

調子あんまり良くないけど、段階的にデイケアをはじめていって。


まず朝起きて、電車乗って。最初は午前中だけ、

そして徐々に行く日数を増やして、最終的には平日毎日。

それができたら、午後も徐々に参加しましょう、ってステップアップしていって。



――帰国して3月だけ入院して、かなり早い時期からデイケア通いを始められたんですね。



夫さん

デイケアの人も、作業療法士も、お医者さんも、

恐れてたのは引きこもりになること。出れなくなったら何もかもできなくなって

しまうので、とりあえず出なさい、生活のパターンをきちっとしないさい、と。

早寝早起き……それが基本になるので。寝てると出れなくなるよと。



――デイケアに通われている頃の体調はどうだったんでしょうか?症状から考えるに、そうとう辛かったのでは、と思うのですが……



夫さん

つらい。で、デイケアに行くまでが、まぁ、バス乗るなり、歩いて電車乗って、

また乗り換えて、1時間くらいかかるんですけどね。で、最初午前中だけ、

行ってももう寝るだけですよ。行くだけで精一杯だったんで。

半日たったら、また1時間かけて帰って、力尽きて家で寝てるような生活。


妻は当時は寝たきりだった、ってさっき、言ってましたけど……

まぁ、彼女から見ると毎日寝てるように見えてしまうでしょうね。

でもまぁ、これでやっていかへんと多分、二度と戻れへんのかな、

っていうのが僕の中ではあったんで。で、出かけることで、

多少はよくなってるのか、楽しかった、というのがあったのでね。



――調子は、上がっていっていると。



夫さん

モチベーションですね、調子というか、モチベーションが高まって。



――この辺りから、幸せ度は右肩上がりです。でも、この期間でもう一回入院されておられるんですよね?



夫さん

1回目の退院から、4ヶ月後にもう一回入院するんです。

僕は、よくなってきてるとずっとおもてました。

ちょっと、頭はぼーっとしてるかな、くらいの状況だと思ってたんですけど、

彼女から見るとぜんぜん、あかんかったらしくって。


僕は何が悪いのかがよくわからない。というのが、

自覚症状というのがほとんどなかった、というのが今の記憶としてはあります。



――デイケアへ行きながら、どんどん復調しているんじゃないか、と。



夫さん

僕はそう思ってた。でも妻はあかんっていうし、次の診察行ったら、

主治医が「どうしますか」って言うし。「へ?」って。

「電気けいれん療法を受けましょうよ、このままいっても、らちあかへんよ」

みたいなことを切り出されて。なんのことやねん、って。



――そこで、夫婦間での治療方針が決定的にずれだしたんですね。



夫さん

なので多分、それで僕が、キレたというか、

「はあ!?」っていうことに、なったんやと思う。

僕のいないところで、治療の話ができあがっているというのが……


妻さん

……許せんかったんやな。


夫さん

うん……


妻さん

でも、この期間は、暴力、暴言、やつあたり、ご飯食べに行っても、

子供が騒いでたら、しつけがなってない、って怒鳴りはじめる、とか、

やっぱり、おかしかった。



――妻さんの話だと、「人に危害を加えるんじゃないか」とまで感じておられたと。夫さんの方は……



夫さん

ない。



――ない、というのは……記憶がない?



夫さん

記憶というんじゃなくて、覚えてるのもあるんですけれども、

そんなに悪い、自分の中では、もっと悪い時期もあったから、

そんな悪くないよ、と。これって治療の経過の一部でしょ、

っていう感覚でしたね。



――ただ、主治医からは、負担も大きい、電気けいれん療法を選択肢として提案されるような状況ではあったんですよね?



夫さん

それは事実としてありました。

でも、私としては「はぁ?」ですよね。妻と主治医、

二つから同時にくるんで、「え、なにそれ!?」みたいな。


なんで電気けいれんが嫌かっていうと、自分の記憶が

飛ぶのが嫌だったんですよ。というのが、自分の記憶っていうのは、

自分だけがもてる唯一の財産やないですか。それが飛ぶというの自体、許せない。



待て待て、この感覚、この記憶、この、なんか、3ヶ月4ヶ月のことって、

すごく病気のことって大事なことじゃないの、それが飛んでいって、

もしかすると戻らないかもしれない、っていうのが、とても許せなかった。


なんていうかな……倫理というか、人として嫌やった。

一番大事なものやから。それで、電気けいれん療法は、受けたくなかった。



――夫さんにとっての尊厳に関わるような決定が、自分の知らないところで進められている、という感覚があったのでしょうか。



夫さん

置いてけぼりですね。簡単に言うと。

そんな大層なものじゃないかもしれないですけど……

自然な流れじゃなかったですからね。言われるタイミングとかが。



――自然なタイミング……ですか?



夫さん

「困りましたね、じゃあみんなで話し合いますか」みたいな、

インフォームドコンセントがなかった。どうしましょうって選択肢を

出してくれれば、自分の中でも尊厳が保てたんやけども、主治医からも、

嫁さんの方からもいきなり言われるし。


妻さん

その時は「お前が根回ししたんやろ」って、えらい責められました。



――夫さんからすると、自分に対しての治療方針は、一緒に決めたかった?



夫さん

自分一人で決めるつもりはないけども、

でも自分は、みんなで決めたい、みんなっていうか……

人に委ねんのは嫌やった。っていうのはある……


妻さん

あったんやな……ただ……あの時はもう、私も切羽詰まって……


夫さん

だから……


妻さん

そやなぁ。そこは……



――そうですね……うつ当事者と、サポートする側で、認識のずれがあった。

混乱している当事者と、それを必死でサポートしている側が、どうやって治療方針を

すり合わせればよいのか……これは、考えていくと、すごく難しいことです。




その⑧へ、つづきます。



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