【特集取材】うつサポートは「搾取」か、「献身」か? ⑥

最終更新: 2018年7月10日


◆⑥:ぜんぜん辛くない◆


――なるほど……ありがとうございました。それでは次に、夫さんの幸せグラフを見ていきたいと思います。夫さんにとっての幸せとは、なんなのかを考えていければと思っています。



夫さん

「ポン酢醤油のある家さ」


妻さん

…………



――えー。こちらが、夫さんのグラフです。



妻さん

へぇ。



――ご結婚された時は、人生では90点になっています。これは……?



夫さん

もともと僕、失恋とかはあったけど、結婚したいとかあんまり考えてない人。

最初にも言ったけど、旅行とか行くのが楽しかったんですよ。

それが結婚すると、ある種、拘束されるのと同じじゃないじゃないですか。


で、その部分の、なんなんだかな、っていうのがマイナス10です。

結婚自体は幸せやけど、ちょっと不自由になるのかな、

一部失うものもあるのかな、っていう。



――なるほど。それからわずかに下がっていきます。



夫さん

さっき言ってた、自営業が不調で、

経済的にちょっと厳しくなっていく、っていう感じですね。



――そんななか、2003年を底打ちにして、2004年からぐいぐいと右肩上がりに上がっていきます。



夫さん

これは昔、社員でやってたとこからまた仕事を手伝ってくれへんか、

ってのがあったんですよ。それが面白そうだね、ってことになって、

それに関わってるうちに、自分に知識とか技術力とかがついてくるんですね、

それで仕事が、面白いねぇ、面白いねぇ、っていう。



――2007年にピークがきていますね。そこにコメントで「ハワイ旅行。僕の夢のひとつ、飛行機操縦をする」と、コメントに書かれてあります。



夫さん

ハワイに行っちゃったぜベイビー、みたいなね。

飛行機を操縦しちゃったぜベイビー、みたいなね。(笑)



――文字通りの、絶頂。(笑)



夫さん

Climb to the top ( 頂上まで登る )ですよ。



――そこからしばらくは、わずかに落ちますが、維持しているというか。グラフにも「天職と思える仕事、順調」と書かれています。ただ、ここから……



夫さん

妻が地元の近畿地方に帰りたがって。

「はぁ……とうとう言い出したね」ということで。

僕も体の調子が変やな、っていうのが多少はあったんですけどね。



――2008年にはすでに、体調不良を感じておられたのですか?ここは95点だったそうですが……



夫さん

うつなのか、なんなのかは全然わからなかったですね。

ただ、本読んでも頭の中に入ってこないっていうのがあって。



――えっ? そんなに重い症状がでていたんですか?



夫さん

それは後から考えると、「うつの入り口」っていう。



――入り口というか……うつの典型症状ですよね。


夫さん

うん、だけど、楽しかったんですよ。社会に必要とされ、

好きな仕事ができ、っていうスパイラルの中で、

体調のことは端っこに追いやられていって。



――95点の幸せ度、ですもんね……症状は、辛くなかったのですか?



夫さん

ぜんぜん辛くないね。感覚的にね、120%の全速力で

走ってるような楽しさですね。ランナーズ・ハイですよ。



――仕事としては充実していた、と。



夫さん

楽しかったですね。妻とご飯食べに行こう、って言ってたのに、

約束を反故にして出張に行ったこととかも結構ありましたけど。



――うつ症状がでていても、幸せだった。というところから、2010年に、がくんと。



夫さん

そうそうそう。で、その仕事がリーマンショックとかで無くなってしまって。

もう仕事ロストですよ。あぁつまんなぁい、帰りたくないのに、地元に

帰ってきちゃったよぉ、うん。妻の体調不良もあったし、それも全部ふまえて。



――それで一番底の時が、2011年。



夫さん

うん、そうですね。そっから、ある会社に入って10人のチームの

サブリーダーやってたんですよ。その時に、上からいろいろ怒られたり、

そりが合わへんとかいろいろあって、下からも「どうすんの、どうすんの」と

突き上げもあったりして、そしたらもう半分パワハラやと思うんですけど、

上司から、無意味な説教が2時間続いたりとかが始まって。



――2時間、ですか……!



夫さん

ざらでしたよね。そういうのがあって、あれ、うつかな、ということで

病院に行ったら、「ストレス障害でしょう」と言われて、

まぁ、妥当かなぁということで、そのまま仕事は続けてましたけど。


妻さん

このへんで、胆石とったのは?


夫さん

胆石の手術は、僕にとっては大したことなくって。



――妻さんは、胆石の手術を契機に、心身ともに体調を崩されたのでは、と考えておられたようですね。



夫さん

それは、ぜんぜん。それよりも、仕事の方が、かなりきてましたね。

だからこのとき、体の物理的なことよりも精神的な方がすごくしんどかって、

毎日、電車通勤していて、僕は電車大好きの鉄道オタクなんやけども、

「今日こそ、飛び込もうかなぁ」と。



――希死念慮の症状が、出ていたのですね……



夫さん

「飛び込んだら、楽になるかなぁ」と。

自殺願望の波があって。友人のマンションに遊びに行っても、

「ここから飛び降りたら楽かなぁ」とか、ずっと考えてた頃ですね。



――そんな状態でも、幸せグラフが徐々に上がっていきます。



夫さん

その時の仕事は、辞めさせられたに近いんやけど、

契約満了ということになって。でまぁ、そこを辞めて、

別の会社での仕事が始まったんですね。で、今までみたいな

パワハラもないし、ストレスも、そんななかったんで、

ちょっとずつ上がっていってたんやけど。


でもやっぱり、本が読めないという2008年あたりからの

不調を引きずったしんどさが残ってて。図面を読む必要がある

仕事で、きちっと読めへんとダメなんですけど、その頃も

図面が読めへんなぁ……となってて。そんな頃に、

海外出張の仕事をすることになって。……ここですよ。



――30点のところですね。海外でお仕事を始められた、と。



夫さん

楽しいんですよ。2ヶ月くらい行って、また帰ってきて、みたいな。

もうアメリカに行けるってだけで楽しくって。でもここで、

いままでと全然ちがう仕事だし、良い人間関係も構築できず、

仕事もなかなか覚えられなかったりして。

で、いろんなうつの症状が出てきて、本気で仕事ができなくなってきて。


そやね……8ヶ月くらいあったんですけど、スキルが上がっていかなくって。

すごく人間関係がおかしくなってきて、リーダー格からいろいろ嫌味とか

言われたりするようになって。



――数年前から、ストレス症状というか、うつ症状があって、図面が読めるか読めないか、という状況があったのに、海外出張に対して不安はなかったのですか?



夫さん

あのね……気分変えたかった……


妻さん

私は止めたんね、確か。行くの?って。

「辞めといたほうがいいと思うけど」って言ったら、

「日本にいたくないっていうから、あっち行ったら

変われるかもしれへん」って言われて……


夫さん

そうそうそう、なんかよくわからない理屈なんです、これって。

うつは普通、環境は変えたらあかんのですけども、

よく判断できてないんでしょうね。


それに、うつ病とはそんなに思ってなかった。

うつかもね、っていうのはあったけど、ストレス障害であって、

うつじゃないやん、っていう。いっちゃおっか、って。



――お医者さんから、うつ病の診断もなかったこともあって、ブレーキではなくて、

アクセルを踏む方に賭けた、と……



夫さん

踏み込んじゃって、ブイーッって。最初は楽しかった。


妻さん

そのあと、2014年でがくんとなったんやけどね。





その⑦に、つづきます。


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