◆13:希望も絶望もないねん。◆
――ありがとうございました。……それでは。お二人の書いていただいていた
未来のグラフを発表……すると思いますよね。
妻さん・夫さん
……?
――ボディケアを教えていただいている間に、どうするのが一番よいのか、
考えたのですが……発表しないでおこうかな、と。

妻さん
ああ、しないの?
夫さん
ああ、いいじゃないですか。
――今回、お互いの幸せについて考えてもらったり、未来のことを考えていただいたりして「パートナーが何を書いたんだろう?」と、たくさん想像していただく機会をつくって
いただけたかな、と。それは、すごく価値があることだと、私は思うんです。
相手の幸せについて考えること、2人の未来について、思いをはせること。
だから、未来予想図は伏せたまま、また3年後に、また集まって取材をさせて
いただけないかな、と。3年後に再開して、なにを話そうかと時々、想像したりして
もらって……それがいちばん面白いかな、と思ったのですが……いかがでしょうか?
夫さん
いいね。追跡のほうが僕、好きやねん。
――私も、テレビ番組の「池の水ぜんぶ抜く大作戦」で、水を抜いた2ヶ月後とか、
掃除したあとの池がどうなってるかの方が気になるタイプです。(笑)では、
この用紙は私が預からせていただいて……なんだか、将棋の名人戦みたいですね。
夫さん
ああ、封じ手ね。(笑)
妻さん
3年後やね。いいと思う。
引っ越してるかもしれへんしな、店を出してるかもしれへんし。
別れてるかもしれへんし、続いちゃってるかもしれへんし、
そこはもう、やってみなわかれへん、っていう。
夫さん
愛人ができてるかもしれんしな。(笑)
妻さん
もうできたらソッコー、別れますわ。
そっちのほう行くんでしたら、お金ください、っていう。
――(笑)……では、ここまでお二人の人生を振り返っていただいて、
今回の取材のテーマでもある「うつサポは搾取か、献身か?」ということについて、
改めてお聞きしたいと思います。
<どうすれば、うつをサポートする人生を、搾取でなく献身だと思えるのでしょうか? そのためにできることは、なんなのでしょうか?>
妻さん
……うーん。
うつ病を患ってる人に言うのは酷かもしれないですけど、やっぱり、
お互いの努力ですよね。「愛情くれ、世話してくれ」では、
こちらもエネルギーがものすごい枯渇してしまうんですよ。
ツイッターでも、うつサポでエネルギー枯渇してる人がいっぱいいるんです。
だから、病気の人は病気なりに努力しなければいけないし、
支える側も努力しないといけない、と思います。
ただ、うちはいま回復期だから「努力して」って言えるんですけど、
どん底のときは、どう伝えたらいいのかって……
私は「生き地獄」って呼んでるんですけど、お金がない、
働かないといけない、帰ったら寝たきりの夫がいる……
そういう時期は、なんて言えばいいのかな……
――妻さんが、そういった辛い日々を乗り越えられた原動力になったものは、
なんだったのでしょうか?
妻さん
私は……ボディケアかな。やっぱり、仕事。
どんだけ辛くても、お客様に「ありがとう。体があったまってきて、
なんだか楽になった。」って、その言葉で救われたんですよ。
やから、人を救うのは人しかいない、っていうのを悟り出してからかな、
どんだけ辛くても、人間関係が苦しくても、ボディケアの仕事だけは
辞めなかった。……辛いけどね。
主人が入院して退院してから、私達夫婦は、
依存しあってた時期があったりして。共依存。どこに行くのも一緒でした。
ですけど、私の方が、一緒に行きたくもないし、一人になりたい、寝たい……
と、先にメンタルでやられてしまい、別行動をしたいと自我が芽生えはじめて。
距離をおこうとすると主人が押さえこもうとしたり、寂しがったりして
大変でした。経済的、肉体的負担、すべての時間を、うつ病介護に費やす。
「私の人生って……?」って、なって。
私がそこに気がついて夫と距離をおいた事で、回復できたんやないかなと。
「あなたも好きな事しててな。私もするから」が今日まで続いてます。
――妻さんが、妻さん自身の人生に目を向けられて、自分の時間や人生を持てたからこそ、逆にお二人の関係が持続できた、ということでしょうか。
妻さん
趣味でも何でもいいから、一人になる時間をつくるのも大事です。
短い時間でもいいから、とにかく没頭できる何かがあれば、まだマシかなと。
たとえば私なら、断捨離とか掃除を無心でやるし、時間が15分でもあれば
趣味の刺繍をするとか。とにかく頭をからっぽにすることが大切です。
心の余裕を持つ事、自分を客観視できる時間は、本当に必要です。
――相手に対しての期待をつのらせるのではなく、それを自分に対しての期待に
変えていくことで、パートナーの回復を待てる時間を長くできる、ふんばれる原動力に
なるのかな、と思いました。
……うつ当事者でもある、夫さんはいかがでしょうか?
夫さん
……病気サイドからってねぇ、難しいよね。
妻さん
努力しろっていってもね、難しいことやと思う。
夫さん
病気の辛さは、助けてくれ、って言っても、助けてもらえるわけではないからね。
さっきの話でいうと、いきなり「共依存している」と言われても、困るわけです。
妻が僕に依存している事も理解できなかったし、うつの当事者が看病してくれる
相手に、多少は依存してしまうのは、ある意味では、当然じゃないかと。
そして、妻から「あなたはあなたで好きな事をしたらいいし、これからは私は私で好きな事をする。」と言われると、治療や、リハビリのハシゴを外されたような、もっと言うと、突き放されたと感じがしました。これはかなり傷つきます。
程よい距離を置くのはいいけども、そこに至るプロセスが大事やと……
その「共依存」や「距離を置きたい」を、当事者にどう納得させるか。
――人によって千差万別で、正解はない、とも思えます。
夫さん
子供の乳離と、同じじゃないかとな、とかも考えました。
なんか、理屈が通じない赤ん坊に対して、
どのように乳離をトレーニングしていくかのようなイメージ……
妻さん
不安な感情をどう、ぶつけていいか分かれへんから、
八つ当たりやったり、暴言やったり、暴力やったり、してたもんね……
夫さん
そうそうそう、もう、わからへんねん、自分のことが、わからへんねん。
どん底の時はもう、何もかも、わからなかった。希望も絶望もないねん。
妻さん
どん底の時、もう、暴れてしまったら、
「病院に入れましょう」としか、私は言いようがなかったね。
夫さん
うつになった原因は会社とか、周囲の環境の影響かもしれへんけど、
サポートされる側はまず、きちっと治療を受けることが第一やと思うんやけどな。
搾取してしまうのを防ぐには、まず、サポートしてくれるパートナーに対する
責任として治療をうけようよ、というのはあると思う。
中途半端に「僕はこれで大丈夫」とか、自分で治療を判断するんじゃなく……
信頼できる医者を見つけること自体が、大変難しいんやけども。
でも……幸運にもいい医者と出会えたなら、
その医者を信用するしかないんじゃないかなとしか、言えないな……
きちっと、リハビリまで行くことやな、僕の経験から言うならば。
――「どうやったら、ちゃんと治療を受けてくれるんだろう、病院へ行ってくれるん
だろう」と悩んでいる、うつサポーターの方を、ツイッターでよく見かけます。
夫さん
……自己過信やねん。自分は大丈夫、自分はうつ病にならないよ、
みたいなのがあるねんな。もっと言うと、うつとか精神病に対しての
知識がないんやろうな。どうしたらその病気になるかとか、予防法が、
あんまり知られてないんかな……と思うんよね。
――知識があったとしても、休めるのか、という問題もあるように感じます。夫さんの場合は、お仕事が<夫さんの尊厳>とすごく近いところにあったと思うんです。仕事にブレーキをかけるということは、尊厳を奪うことでもある。
夫さん
難しいよね。
妻さん
自分の尊厳を奪われるわけやから、休ませようとしても、
必死に抵抗するからわけやから。この人も、何回も何回も
「病院行こう」と言っても「嫌や」言って。
セカンドオピニオンも嫌がったくらいなんで。
夫さん
自分自身、精神病に対する、偏見があったよね。
……それと、初診がとても受けにくい状況もある。
2010年ごろ、自分で病院に電話したんですけども。
どこも初診を受けてくれなくて、やっと、 とある田舎町のクリニックが
「来てくれていいですよ」ってことで……ようわからん診断やったけどね。
妻さん
失敗したやんな。あれで、こじらせたやん。
夫さん
「本を読んでも内容が頭に入ってこないんですよ」って言ったら、
「歳のせいですよ、訓練すればまた読めるようになりますよ」って言われて。
――歳のせいって……!? 今から振り返ると、無茶苦茶な診断ですね。
夫さん
えっ? っていう話になって。僕、うつやと思うのに……
違う、みたいなこと言われて、「そうなのかなぁ……」って。
――病院に行ったのに、止めてもらえなかったのですね。
夫さん
で、睡眠薬を飲み始めて、だましだまし仕事に行ってしまった……
だからほんま、ちゃんと患者のためにならないことは止めてくれる
お医者さんなんやろうね、「ちょっと待て」って言ってくれる医療機関……
――親族や友人が、うつじゃないか、無理してるんじゃないかと言ってくれる、
そういう関係性や、自分の辛さを相談できるコミュニティがあれば、病院に行く前に
気付けるかもしれない、と思いました。
夫さん
そやねんけど……そやんねん。だけど、難しいねん……
周りにうつの人がいたらいいけど……
